私的な散文

私的な散文を徒然に綴っていきます

病院幻想交響曲 トイレの神様

手術後結構大変だった。
一つは手術中、全身麻酔するので尿道に挿入した尿管。
手術終了後、病室に帰り、麻酔が完全に醒めて尿管を抜いてもらったが、それからまともに小便が出来ない。
たまにそういう事があるそうだ。
尿が膀胱に留まったままだと、アンモニアの影響で炎症を起こすらしい。
それでまた尿管を挿入して尿を抜く。
そうすることで尿が自然に排泄できるようになるとのことだ。
しかし、尿管の入れたり出したりがこれまた痛い。
それに若い看護師さんにしてもらうのが、これまた恥ずかしい。
立派な逸物だとまた違うかもしれないが、お粗末で申し訳ないと謝る必要もないのだが、とにかく申し訳ないのだ。
尿管を挿入すると、尿をしている自覚はないが、タラタラと400ccも出ていた。
それから何回かトイレに行ったが出ない。
絶食していたので便も出ない。
重湯の食事をとって、出たのがまた液便だ。
傷跡は背中からの麻酔薬で、痛みは無いが、とにかくきつい。

トイレとは関係ないが、手術の明くる日から手が震えだし、肩から腕、胸の辺りがピクッピクッと痙攣しだした。
時間が経つにつれ次第にひどくなる。
看護師さんや医師に告げると、何だか「こりゃまずい」というような顔をして、神経内科に聞いてみましょうか・・・等と言う。
しかし、歩行には支障がない。
私には説明がなかったのだが、手術の後、これから手術を受ける隣のベッドの患者に、麻酔医が説明しているのが聞こえた。
背中からチューブを挿入する脊髄膜麻酔を施した場合希に脊髄の神経を傷つけることがある・・・と。
何故その患者にだけ説明したのか。
その患者は最近脳梗塞も患っていた。
だからもし麻酔後神経に異常が生じた場合、どこに原因があるのか特定できない可能性が生じる。
そうすると処置が遅れ、生命の危険も有りうる。
・・・と言う事で、脊髄膜下麻酔を受けるかどうか自身で決定してもらうため、そこまで説明していた訳だ。
それをカーテン越しに聞いてしまったのだ。
私は、神経をやられた・・・と思い込んだ訳だ。
このまま震えが止まらなかったら、仕事が出来ない・・・

何だか全てが悪い方向に進んでいる・・・
暗い思いでまたトイレに行った。
そのトイレは出入り口が二つ有る。
私はいつも病室に近い方の出入り口を通っていた。
しかし、なんの拍子か、その時はいつもの出入り口から入り、普段使わない出入り口から出た。
その時、声が聞こえた。
「そうだ。両方とも通らないと駄目だ。出入り口は通るために作られている。それで良し」・・・と。
トイレの神様”の声だった。
調子が悪い原因はこれだったのか!
もう一度その出入り口を通り、トイレに入った。
そして、感慨深く手を洗い、紙タオルで手を拭き、チリ入れに捨てた。
そうすると濡れて捨てられた紙タオルの皺が神様の顔になっていた。
彫りの深いギリシャ系の顔立ちで、ニヤッと微笑んでいた。
それから、言うまでもなく、両方の出入り口を使うようにした。
そうすると全てが好転しだした。
小便はちゃんと出るようになった。
便通も良くなった。
身体のきつさも和らいでいった。
麻酔医が様子を見に来て、手の震え肩の周りの痙攣は脊髄膜下麻酔の副作用でたまに出る事がある・・・と言って帰った。
震えと痙攣は次第に収まったのは言うまでもない。
やはりトイレの神様は存在した。
彫りの深いソース顔の神様だった。
トイレに手を合わせるようになった。