私的な散文

私的な散文を徒然に綴っていきます

病院幻想交響曲 矢継ぎ早と怒りの矢

声が甲高い人はセッカチな様な印象を受けるが、観察するとその通りだ。
甲高い声というのは、単に高い声ではなく、高周波音が混ざっている声ということだ。
例えば看護師さんでも声が甲高い人は、患者さんに対して矢継ぎ早の問いを発することが多いようだ。
「カーテン開けてていいですか?あれ、毛布は一枚?アッ尿器は下の方がいいかなぁ?」
患者さんは・・・おいおい順に返事させてくれよ・・・
彼女は順番に片ずけることはない。
「カーテンは?」「閉めて」「毛布は?」「もう一枚かけて」「尿器は?」「そのままにしておいて」・・・なにも難しいことではないのだが。

矢継ぎ早の質問はネットショッピングの際の「ご注文はこちら」に出てくる黄色い矢印である。
黄色い矢印が看護師さんの口から放たれ、患者さんに当たり砕ける。
順番なら黄色の矢印を患者さんがレシーブして、緑の矢印で跳ね返す。
それを看護師さんが受けて、ブルーのOKサインが灯る。
黄色の矢印が、それこそ矢継ぎ早だと、矢印が砕けて飛び散る。
看護師さん自体がどんな矢印を放ったか覚えていない。
自分自身で矢印を見ればその事が分かるのに。
怒りの矢は赤地に黄色の四本線、切っ先が鋭く、速度も速い矢印として見える。

私の横の新しく入った入院患者Sは大腸ガンの大手術を控えているようだ。
声が甲高い。
一ヶ月前に脳出血で入院し、それで大腸ガンが分かったらしい。
脳出血のため半身が少し麻痺している様子、言葉には支障はない。
度重なる重度疾病で不安に苛まれ、イライラしているのは分かる。
入院してきた夜は、ガサゴソガサゴソと何かやっていて、私も眠れなかった。
あくる朝、二十歳前と思われる息子Aがやってきた。
可哀想なことに少し知恵遅れのようだ。
Sはこの知恵遅れの息子にもイライラしているようだ。
早速「遅いじゃないか。こんな時間に来てどうするつもりなんだ。馬鹿者が!」
怒りの矢印が飛び息子の体に突き刺さる。
息子は「・・・んーー・・・んーーー・・・」とうなだれる。
「これをたたんで、つり戸棚の中にしまってくれ。」と下着を渡す。
息子は「・・・んーーー・・・」
と、つり戸棚に手が届かず、ベッドの上に乗った。
突然、「イタタターー!こらバカ!そんなところに乗る奴がいるかぁ!気をつけろ、このバカが!!」
息子が点滴の針の差し口を踏んだようだ。
赤い矢印がグサグサッと息子を刺す。
「ゴゴゴメンナサーーーイ」
「お前なぁ、こんなところ踏みやがって、俺はいいけど器具を壊したらどうすんだよう!細心の注意を払えよぉ!」
「ゴメンナサイ・・・んーー・・・」

看護師が来て手術の準備について説明する。
「・・・腹帯二つと前あきジッパー止めの肌着二着・・・どれも一階の売店で売っています。」
「おいA、下の売店で腹帯とジッパー止めの肌着買って来てくれ。」
「・・・んーー俺ジッパー止めとかいうの分かんねえ・・・んーーー・・・」
「お前はホント役立たずだなー、もうどうしようもないね!」
息子の身を抉る鋭い矢。
「なんかこのシャツじとじとしてんだよな。上から新しいシャツ取ってくれ。」
息子は先程ベッドに乗って叱られたことで躊躇している。
「・・・んーーーんーーー・・・」
「早くしろよ。お父さんがどうなってもいいのか。分かったぞ!お前はお父さんが風邪を引いて早く死ねばいいと思ってんだろう!お前の魂胆はよぉく分かった。もう頼まん。明日どうせ大手術でもう帰って来れないかもしれんからなぁ。お前もそうなればいいと思ってんだろう!」
エッそこまで言うか、そこまでイビるのか!
怒りの矢が、息子の体をだんだん小さくしていく。
怒りの矢は、看護師さんからも発することがある。
冷静に聞こえる口調でも怒りの矢になっていることがある。

どうして、人間は感情をコントロール出来ないのだろう。
喜怒哀楽この中でも激しい感情“怒”・・・これがコントロール出来れば、世の中の悲惨な出来事も減るであろう。
人間とはいかに脆弱な精神性を持っているのかがよく分かる。
フィジカルな科学技術はどんどん進歩、進化しているのに、メタフィジカルな精神性はいっこうに変わる様子がない。
学習機能が働かないのか?
それどころか、最近ますます精神性が後退して見えるのは何故か?
物質的豊かさと精神的豊かさは両立しないのか?

???・・・である。
とにかく人間とは不完全な生き物である。