私的な散文

私的な散文を徒然に綴っていきます

抗ガン剤と苦痛

周りが癌患者ばかりだと、結構堪える。
廻り中で癌に関する話題が、明るく語られている。
患者同士、患者と看護師、患者と医師・・・
ある患者同士の話の中で、いかにもB型肝炎と思われる顔色をしたまだアラフォーと思えるKが微笑みながら「いざという時の覚悟はもう出来てますけどね。」と明るく言う。
ってどういう覚悟か?
死の覚悟であろうが、そんなに簡単なものではないはずだ。
しかし、死が迫りきている身としては精神もシフトしていくのだろうか。
相当死の恐怖と闘い悶々としたことだろう。
私などにKの心中は理解できないだろう。
そんな思いが“雨”となって、私のベッドに降り注ぐ。
多いのが抗ガン剤の話だ。


中でも辛いのは抜け毛らしい。
抗ガン剤治療を初めて一ヶ月で半分くらい抜けてしまう。
毛糸の帽子を被っている人が多い。
「明日から抗ガン剤治療が始まるんです。」
とOが爽やかに話している。
明日のある明日の可能性のある人が言うのなら、堪えないが、転移がありほとんど明日の可能性がない人が爽やかに言うと・・・
また、雨だ。
シトシトと私を濡らす。
私は元々話好きの方ではないが、彼らとは仲良くなりたくない。
情が移れば、それだけ雨がきつくなるからだ。
中にはTのように不安を隠さない人もいる。
毎日来る奥さんが叱りつけるような口調で励ます。
お互いにどんな心境なのだろう?
そんなやりとりが聞こえる度に雨に濡れていく。
そして、霰も降り出した。
手術の傷が、麻酔は効いているのだが、寝返りを打ったり、咳をするとやはり痛む。
そして、身体のあちこち特に関節系が痛む、ギクシャクする。
全身の各部分が傷口が癒えるのを応援しているようだ。
このギクシャクが雨に被さると霰になる。
ベッドの上で雨霰に打たれる。
この雨霰はいつまで続くのか?
病室が非日常の空気を淀ませ、異次元の感覚をもたらす。
感受性も安定せず、情緒不安定になっていく。
時々、睡眠導入剤がないと眠れなくなっていく。
あまり規則的に睡眠をとると幻想の世界から遠ざかってしまう。
しかし、雨や霰に対する皮膚感覚が冴える。
感情移入した細かな精神的、肉体的な不快感が、ストレートな不快とは異なるニュアンスで身を打つ。
それが雨や霰に見え感じるのだろう。

 

暗闇の中に気を見た。

暗闇の中でふとテレビを見ると、消えているブラウン管に何やら毛の様なものが生えている。
ふと自分の手をみると、びっしりと真っ直ぐな毛のようなものが生えている。
特に指にはビッシリ。
なんだこれは!ひょっとしてエネルギー線が見えるのか?
テレビもブラウン管が放射するエネルギーが残っているのか?
どうも熱エネルギーでは無く、電磁波エネルギーより波長の短いものらしい。
両手を合わせてみる・・・両手から出る可視エネルギーが複雑に絡み合っていく。
手を振ると可視エネルギーもユラユラと揺れる。
またぞろ、意識を集中させ念を込める。
すると黒い可視エネルギーがどんどん延びていく。
その可視エネルギーを丸めて放ってみた。
尾を引きながら飛んでいく。
何だ俺はスパイダーマンか?
この黒い可視エネルギー体で何かを絡め取る事が出来るかも・・・
エッそれって念力じゃん!俺はエスパーか?
あいつとの音楽勝負でその気はあることは分かっていたが・・・
しかし、物を動かすのは無理だった。

その2日後、消灯時間を過ぎると黒い可視エネルギー線のコントロールに励んでいると、突然手が指が光りだした・・・と言うより光に覆われている感じだ。
次第に事の次第が分かってきた。
これが本当のエネルギー線で、今まで見ていた黒い線は束密度が低いエネルギー線だったのだ。
線同士の間に距離があるため、お互いに干渉し合って輝きを消し、黒く見えていたのか?
両手を向き合わせてみる。
光輝くエネルギー線が繋がっていく。
ひょっとしてドラゴンボールの正体か。
念を込めてエネルギーをボールにしてみる。
しかし、両手の平からエネルギーがこぼれ、なかなか丸くならない。
綺麗なエネルギー球にするにはかなり訓練しないと無理のようだ。
しかし、これがいわゆる気の正体であることは確かだ。

疲れた・・・今日はこの位にしとこう。

ベッドの上の将棋対局

空いたベッドに新しい入院患者が入ってきた。
将棋のM名人らしい。
そんな有名人なら、差額ベッドの特等室に入院すればよい物をと思ったが、差額ベッド含め今は8人の大部屋しか空いてないらしい。
奥さんと秘書を連れて入院看護師長も伴い、ベッド周りの整理を始める。
看護師長から入院の説明があるが、その際にもM名人を特別扱いしている様子が見て取れる。
将棋版に駒をパチッパチッと指し、前対局を反芻している。
秘書が言う「72手で王手です」
主治医が来て、治療計画の説明を始める。
「・・・病名、悪性リンパ腫・・・」と言ってアッと口を押さえる。
「気を付けて下さい。癌と分かればマスコミは大騒ぎになります。体調不良としか公表してないのに。」
秘書が苦情を言う。
主治医は以降小声で説明を始める。
なにやら今晩対局予定の相手がいるらしい。
M名人への挑戦者だ。名前は分からない。
秘書だけが残り、夕食の介添えをしている。
夕食が済むとしばらく休憩し、M名人は黙想している。
どうやら集中力に磨きをかけているようだ。
そしてやおら着物に着替え始めた。
対局に向かうのかと思いきやベッドの上に正座した。
ベッドの上に将棋版が据えられ、将棋の駒を版の上に並べる音。
小型のテレビカメラを持ったカメラマンが入ってくる。
イヤホンマイクを付け、ノートを持ったADらしき若者も入ってくる。
粛々とした時間が流れ、対局者が現れる。
スーツ姿で決めている。
看護師以外立ち入り禁止の札が貼られる。
アナウンサーはTV局にいるらしい。
殆ど無音の内に対局が始まる。
パチッ、パチッ、と駒を指す音のみ響く。
また粛々とした時間が経過し、とうとうM名人が王手をかける。
少し離れたナースステーションで歓声が上がる。
NHKTV放映されているらしい。
M名人防衛戦勝利!
対局相手の額には汗が滲んでいる。
「参りました。」「いやなかなか、これからも頑張って下さい。」
無事、ベッドの上の対局は終わった。
TVでは周囲の情景を切り取った映像が映されているのだろう。
その後病室に来る看護師は「先生素晴らしかったです」と声を掛けていく。
入院患者の一人が網の目を潜ってサインを貰いに来た。
「私も将棋が大好きで、先生の対局は全部みています。」
M名人は鼻高々である。

一夜明けて、ベッドの上で朝食を取っているM名人をみると、極普通の中高年のおじさんだ。
昨日の出来事は本当に起きてたのか。
入り口の名札を見ると間違い無くM名人の様なのだが・・・

 

 

般若心経戦争

夜中に目が覚めた。
夜中の2時頃。眠れない。
頭の中で“般若心経”をゆっくりと唱える。
ブッセツ、マカハンニャーハラミターシンギョウー・・・カンジーザイボーサーギョージンハンニャーハーラーミータージー・・・
何回か唱えると落ち着いてくる。
その時、頭の中の声が次第に変わっていく。
またあいつだ!Kだ!
またちょっかい出しに来やがった。
私の般若心経を乗っ取りに来たのだ。
馬鹿め、今やエスパーとしての実力は私の方が上だ。
様子を窺っていると段々調子に乗ってくる。
この野郎調子に乗りやがって!
次第に怒りがこみ上げてくる。
この怒りをはじめ激しい感情が超能力を助長するようだ。
打つ手は決まっている。
前の“音楽戦争”でコツは掴んでいる。
早速奴の般若心経をねじ曲げる。
音程を上げたり下げたり、調子を延ばしたり縮めたり・・・思うがままに翻弄している・・・つもり・・・
額に汗が浮かぶ今回は奴も覚悟して来ているようだ。
必死にスムーズな般若心経を取り戻そうとしている。
奴も自分の汚い部屋で額に汗を浮かべ、苦悶しているのだろう。
般若心経の調子が戻ったり、乱れたり、私の頭の中に異様な音響空間が生まれている。
まずい、このままでは精神的破綻が訪れる。
私は額に皺を寄せ、最後の手段にでる。
名付けて“リピート作戦”、強い念力を込める。
ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーハラソワギャーテーボージーソワカーハンニャーシーンーギョーーーーー・ハンニャーシーンーギョーーーーー・ハンニャーシーンーギョーーーーー・シーンーギョーーーーー・シーンーギョーーーーー・ギョーーーーー・ギョーーーーー・オーーーーー・オーーーーー・オーーーーーーーーーーー・・・・・・
これで奴はクタバるが、少し休憩して復活してくる。
“リピート作戦”を数回繰り返すと、奴もさすがに諦めたようだ。
私はトドメを刺すため、奴の霊体を引き剥がすべく、念力を込める。

あー今日も疲れた。こんな調子ではなかなか回復出来ないぞ。

そうか奴はKは、それを狙っているのか。
しかし今日はこの位にしておこう。

 

 

偏執狂

斜め前のベッドにHがいる。
B型肝炎のようだ。
主治医が手術の方針を話しにくる。
そっちのけで自分のことを喋りだした。
「私はここ50年、医者にかかったことがないんです。先生と今回こうして巡り会いましたが、次に会うのは私の死亡宣告をして貰う時でしょう。  
ところで、私は死亡したら早急に献体して貰うように手続きしていますが、B型肝炎でも受け入れてくれるんでしょうか?ホルマリン漬けで何年くらい持つんでしょうか?
10年くらいでしょうか。」
主治医「その辺の事は私はよく分かりません。」辛抱強く聞いている。
「今献体は充分あるんでしょうか?」
主治医「学生の解剖実習に使うときは4人に1体という感じでしょうか。」
「やはり不足しているんですね。私の兄の時は2人に一体だったそうです。  例えば事故があって救急車で患者が運ばれるときは、あなた達は揺れる車の中で、正確な処置をしないといけないでしょう。その時処置を受ける患者の身になってみれば、より多くの練習を積んだ先生に処置をして貰った方がより安心できると思うんです。だから、私の身体を是非とも使って欲しいのです。
こういう文章を書きましたが、モラル違反は分かってますが、読んでみて下さい。  先ず下の注意書きから読んで貰わないと分からないと思います。αファイルといいまして、私の考えを書いたものです。」
Hは手術に臨む覚悟を書いた文書らしき物を主治医に渡す。
さっきは看護師に渡していた。
「さて本来の話に戻しましょう。」主治医はシビレを切らせて手術の説明をし、グダグダ言っているHに今日はゆっくり寝て下さいね・・・と言ってそそくさと帰る。
一時して、麻酔医が実習生を連れて、お礼の挨拶にくる。
「麻酔の実習生の気管挿管実習に協力頂くということでありがとうございます。」
そこでまた、一講釈始まる。
「皆さんの医療技術のために私の身体が役に立つなら、こんな幸運なことはありません。これだけが私が社会に貢献できる方法なんです。」
紳士的な滑舌の良い話っぷりだ。
しかし、献体に偏執した話の内容を聞くと、死を恐れているのではないか・・・と感じる。
誰でもB型肝炎で手術となると死を思い、恐れるのは仕方のないことだが、Hの場合は過去行った罪を自覚していて、その免罪符として献体を声高に周囲に知らしめているとしか思えない。
つまり、地獄に堕ちることを無意識の内に恐れているのだ。
献体することで救われる・・・甘いぞH!
人間産まれて生きる、それだけで原罪を背負っている。
どのような罪を犯したのか知らないが、誰でも一度は地獄に堕ちるのだ。
私は性善説性悪説どちらでもない。
人は誰でも善悪の二面性を持っている。
この世を二元論が支配するように。
人は自然の命を糧として生きる存在だ。
甘んじて罰を受くべし!きっぱり!!!
イクスクラメーションマーク3連発が決まった。

密教破邪の法

西方より邪を感じた。
誰かの怨みを感じる・・・生き霊だ。
丑三つ時に、額に三本の蝋燭を灯し、藁人形を五寸釘で木に打ち付ける・・・その様な呪いのこもった類のものではない。
無意識の内に私に対し、怨みの感情を持っている者の仕業だ。
無意識内の事なのでなお難しい。
人間ある程度、家庭、社会に生存すると、複雑な人間関係の中で、思わぬ恨みをかう事がある。
例えば、部下の成長のため、上司はある時は厳しくきつい言葉で指導しなくてはならない。
その様なことが続くと部下はその上司を煙たがるようになる。
あの上司は苦手だ・・・その思いの裏で無意識の怨念を抱くようになるのである。
その怨念が強くなると、その相手に障りが出てくる。
今回の入院の事態もその障りが影響しているのかも知れない。
哀しい事である。

破邪の法を使うしかない。
他の患者に見られるとまずいので、消灯時間を待つ。

午後10時の消灯時間を過ぎる。

暗闇の中、西方を向き、右手で手刀の印を結び、腰に当てた左手の鞘から抜き取る。
天空に手刀をかざし、九字を切る。
横縦横縦の順に、臨(りん)兵(びょう)闘(とう)者(しゃ)皆(かい)陣(じん)裂(れつ)在(ざい)前(ぜん)。
臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前。
臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前。
臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前。
破邪の真剣で空間を切り祓うと邪悪な気は押され、神聖清浄な空気が漂い始める。

私の場合、これだけでは済まない。
次に九字の印を結びながら、各々の真言を唱える。
更に、内ばく印を結び、不動明王真言「ノウマクサーマンダーバーサラダーセンダマーカロシアタヤソワタヤウンタラタカンマン」を唱え、邪霊を捕らえる。
剣印を結び、真言「オン・キリキリ」、すぐさま刀印を結び、「オン・キリキリ」。
次に転法輪印を結び、再び不動明王真言を唱える。
そして、邪霊の力を無力化するため、外五鈷印を結び、真言を唱える「ノウマクサラバタタギャテイヤクサラバボケイビャクサラバタタラセンダマカロシャケンギャキサラバビキナンウンタラタカンマン」。
諸天救勅印を結び、真言「オンキリウンキヤクウン」を唱え、諸天の力で邪霊を包囲する。
最後に外ばく印を結び、不動明王真言を唱え、邪霊を凍らせ閉じこめる。
不動金縛りの術である。

とどめに邪霊が発せられた元に祓い清めの念を送る。
右手の人差し指を弾きながら、「オンボッケン、オンボッケン、オンボッケン」
人差し指の先から祓い清めの黄金のエネルギーが、帯を引きながら飛んでいくのが見える。
エネルギー球は進路を正しながら、ミサイルのように飛んでいく。
手応えがあった。

しかし、我が身を振り返ってみれば、嫌いな奴はかなりいる。
私は呪法も使えるが、使ったことはない。
ところが、嫌う感情が無意識の内に彼らへの怨念になり、邪霊となって掛かっているのではないか?
恐ろしいことである。
あのKを除いて、彼らに危害を加えようとは更々思っていない。
これを断つためには、おそらく知性の領域での修行が必要なのかもしれない・・・

演歌VSクラシック

夜ベッドで寝ていると、暗い中を窓の側のファンコイルユニットの音が聞こえる。
ファンが何かに当たるのか、リズムを刻んでいるように聞こえるのだ。
ウンタンタンタンタ~ン、ウンタンタンタンタ~ン、ウンタンタンタンタ~ン・・・
何だか演歌のリズム。
頭の中で演歌が響き始める。
それも、私が大嫌いなあの男の声で・・・
あいつがテレパシー攻撃を仕掛けてきたのか?
私はこれは勝負しないといけないと何故か判断した。
頭に響く村田英雄の演歌を、私の念力を使いねじ曲げる。
調子を落としたり、テンポを緩くしたり、レコードの溝に傷が入った時のように、同じフレーズを繰り返したり・・・念と念の戦いである。
私は念の力を振り絞る。
私は殆ど演歌を知らない。
しかし、それらしい歌詞を振ってくる。
急に村田英雄が千昌夫の“星影のワルツ”を歌い出した。
この歌の有名なフレーズ“別れに星影のワルツを踊ろう”を“カレーに干しかけのワカメを入れよう”と無理矢理歌わせる。
額に汗が滲む。テレパシーでの戦いだ。
かなりあの男は堪えているはず・・・自分の汚い部屋で・・・

学生の頃から嫌な奴だった。
悪ぶって演歌を歌いながら酒を飲み、私はいつも虐められた。

あんの野郎まだやるのか。
あいつは堪えたらしく、歌の最後のフレーズを繰り返させてやったら、段々おとなしくなっていく。
しかし一時したら、またあの嫌な声が始まる。

こうなったらクラシックで迎え打つしかない。

村田英雄の演歌がガンガン響いている頭の中の空間にクラシックを響かせる。
まず、バッハで攻撃だ。

ブランデンブルグ協奏曲5番で迎え討つ!
テレパシーでブランデンブルグ5番の長調の明るいテンポの良いメロディーをあいつの頭脳に送り込む。

念力を振り絞ると次第にブランデンブルグが優勢になる。

ファンコイルユニットからは重低音の振動も伝わってくる。
よし、この重低音をバロック音楽通奏低音に利用しよう。
うまく流れ出した。

次はバイオリン協奏曲だ。
完全に圧倒した。

これでゆっくり眠れると思って安心すると、また奴が復活してくる。
よし、次はブラームスの重厚さで圧倒しよう。
交響曲4番第4楽章で決まりだ。

・・・そうこうしているうちに段々意識が遠ざかっていく・・・疲れた・・・