私的な散文

私的な散文を徒然に綴っていきます

病院幻想交響曲 黄昏の悲哀と至福その2

このような経験は若い人には無理であろう。
成人し、仕事に就き、その仕事を一生懸命勉強し覚える。
家族を構え、子供もできる。
充実した幸せな時代。
壮年期、益々仕事に磨きが掛かる。
そのうち若い人を指導する立場になる。

しかし、体力は次第に弱っていく。
いろんな疾病が襲ってくる。
これだけ平均寿命が長くなると、誰でも一度は入院を経験するのではないだろうか。
死を身近に感じてくる。
手術時の麻酔による意識不明は小さな死である。

また私の命題が蘇る。
・・・そのまま麻酔から目覚めないとしたら・・・本人にとってその意味は・・・
これはまた考えよう。

手術が終わった直後はある意味赤子に戻る。
看護師はお母さんである。
大人の意識があるから、下の世話他看護して貰うことに悲哀を感じる。
しかしそれからまた再生が始まる。
赤子が成長し、ハイハイする、歩き出す時、赤子の表情には満面の笑みが浮かぶ。
術後の患者がリハビリして歩けるようになる、食事ができるようになる、それは人生の黄昏で出会う至福である。

Yさんのオーラが最も輝いたのは、一週間後に控えた孫の結婚式に出席出来るかどうかを主治医に尋ね、「大丈夫です。」という返事を貰った時だった。
Yさんから一際金色に輝くオーラが放たれた。

黄昏で出会う悲哀と至福・・・若者には分からない。